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まえがき
この『尖閣列島ノート』に収録したものは、ほぼ1〇年間にわたる筆者の研究ノートブックに若干手を加えたものであ
り、普通の著書のように順序よく体裁の整ったものではない。だからおなじ問題があちこちにでてきたり重複したりし ているが、これは書きおろしではないから、避けられない。少しでも格好がついていれば、それは編集者の功績に帰 すべきものである。
わが国では、尖閣列島の領有権問題について、政府も与党もマスコミも、その主張は不思議に一致しており、まっ
たく疑問をさしはさむ余地がないようにみえる。北方領土問題では、徳川幕府とロシアの交渉の記録があり、下田条 約、樺太・千島交換条約もあって、公文書が多い。それでも日本が放棄した「千島の範囲」について、国際法学者な どのあいだにさまざまな意見がある。そもそも北方領土問題と尖閣列島問題とは性格が違う問題であるが、それにも かかわらず尖閣列島問題では論争が少ない。
ところが、尖閣列島問題をよく調べてみると、日本の領有権主張についての疑問はたくさんある。この『尖閣列島ノ
ート』の目的は、それらの問題点を、広く日本国民に知ってもらうことにある。
尖閣列島についての日中間の主張の相違は、日本側が、尖閣列島は国際法でいうところの「無主地の先占」によ
ってわが国領土にしたもので、台湾の付属島嶼ではない、だからポツダム宣言を受諾しても中国に返還する必要は ないと主張し、中国側が、釣魚島、黄尾嶼、赤尾嶼、南小島、北小島などは台湾の付属島嶼であって無主地ではな いと主張しているところにある。
日本側では、総理府の外廓団体である南方同胞援護会の『尖閣列島研究会』が、一年がかりで日本の領有権主
張の根拠となるべき資料を沖縄本島と石垣島で収集し、その結論として、わが国は、国際法の「無主地の先占」によ って尖閣列島を領有したのだと主張しはじめたのである。そしてそれ以後、わが国政府も「先占」による尖閣列島の 領土編入を主張するようになった。というよりも、わが国が尖閣列島の領有権を主張するためには、領土取得の法的 根拠(権原)として無主地の先占以外ないから、「先占」の根拠となるものをかき集めたといったほうがよい。それは まさに、かき集めたといった感じである。このことは、南方同胞援護会機関紙『季刊沖縄』第五十六号に明らかであ る。尖閣列島が石油で燃えあがったとき、外務省には、尖閣列島を領土編入したいきさつはこうだったと、ただちに説 明できるファイルはなかった。尖閣列島の島々についての正確な地図もなかったし、尖閣列島の位置を経緯度で示 したものもなかった。政府の公示も沖縄県の告示もなかった。したがって一般国民は知らなかったのである。
石油にからんで尖閣列島が問題になったとき、中国の石油の研究をしていた筆者は、黄尾嶼、赤尾嶼という島名
に疑問をもった。そぇは福建省から台湾の周辺に、嶼というシマがたくさんあるからである。これらは中国名の島¥で ある。アメリカの施政権下にあった琉球政府も公文書で、この中国の島名を使ったし、沖縄返還協定の付属文書に おいてもそうである。これは島の固有の名称が黄尾嶼、赤尾嶼だと考えたからに相違ない。
わが国政府が無主地の「先占」を主張しても、じつは、尖閣列島は無主地ではなかったということになれば、古賀
辰四郎氏父子による尖閣列島開発という実効的支配の証拠がいくらあっても、日清戦争の結果そうなったのだから、 それらはわが国の領有権主張の根拠にはならない。重要なことは、日清戦争の結果、沖縄と台湾とのあいだに国境 がなくなってしまったということである。筆者は古賀辰四郎氏の事業を、幻の事業などとは決していわない。だから古 賀氏の事業について詳しく調べてみた。それだけで一冊のノートブックは埋まってしまった。
日中平和友好条約の交渉では、尖閣列島に対する日本の領有権を中国に認めさせることが前提条件だとする強い
主張が日本側にあった。しかし、この問題は日中間に主張の相違があるのだから、時間をかけてじっくりと平和的に 話しあることで日中間の意見が一致している。尖閣列島問題の解決を日中平和友好条約の前提とするならば、条約 締結は一〇年も二〇年も、あるいはもっと遅れてしまったであろう。これが日中双方の利益にならないことは現実が 証明している。
尖閣列島問題を棚上げにして、日中平和友好条約を早く結ぶべきだと考えた筆者は、雑誌『中央公論』一九七八年
七月号に、国士舘大学の奥原敏雄教授(国際法)が『尖閣列島の領有権の根拠』を発表されたときにも、あえて発言 しなかった。奥原教授自身も、日中平和友好条約は必要であるから、そのために、尖閣列島問題をひとまず置くこと もしかたない、としていたからである。
日中平和友好条約も発効したのだから、尖閣列島問題は、これから時間をかけて話しあうべきである。「領海
侵犯」とマスコミが騒ぎ立てると、よく事情を知らない多くの人は、それだけで、尖閣列島は間違いなく日本のものだ
と思いこんでしまう。ところが尖閣列島は、明治時代には、そこにバカ島がいなければ問題にならなかったし、一九六 ○年代には、そこに石油がなければ問題にならなかった。ともに資源にからんで問題が起きているのである。だから 「中国を硬化させるのを承知で、政府が日本領有の“つじつまあわせ”や“ツバつけ”にやっきとなるのはなぜか。そこ には“石油があるから”といぅった海底資源への先取り意識は、当然考えられる」(「東風西風」『中央公論』一九七二 年五月号)といわれるのである。
日本の学者のなかで、尖閣列島の問題に最も真剣にとりくんでおられるのは、奥原敏雄教授と京都府大学の井上
清名誉教授(日本史)である。両教授とも歴史的古文書にも触れて論争を展開しているので、その論争点にも触れ た。
著者の尖閣列島研究に対して、今は大学を去られた元早稲田大学教授の洞富雄先生(日本史)から、たくさんの資
料をいただき、また古文書の読み方についてもご指導いただいた。厚くお礼を申し上げる。
また、著者のノートブックを整理して、やっかいな編集を全部やってくださった青年出版社の福井肇氏に、心から謝意
を表したい。一九七九年三月
______________________________________________________________________________________________________________________________高橋庄五郎
________目________次
まえがき・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1
T 尖閣列島はどうして問題になったのか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・9
____________(1) 新野論文によって始まった尖閣列島問題・・・・・・・・・・・・・・・・・・9
____________(2) 動きだしたエカフェ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10
____________(3) こっそり調査を始めたアメリカ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10
____________(4) ようやくのりだした日本・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11
____________(5) 大見謝恒寿氏の出願・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・12
____________(6) 日・韓・「台」三つどもえの紛争・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・19
____________(7) どこへゆく中国ぬきの「共同開発」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・32
____________(8) 日本共同声明と尖閣列島問題の棚上げ・・・・・・・・・・・・・・・・・・41
____________(9) 「日韓大陸棚共同開発協定」と中国の声明・・・・・・・・・・・・・・・・43
U 尖閣列島とは何か・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・47
____________(1) 尖閣列島はどこにあるのか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・47
____________(2) 尖閣列島名の由来・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・49
____________(3) 尖閣列島の島名・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・51
____________(4) 尖閣列島の地籍・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・60
V 日本国内公文書上の尖閣列島・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・62
____________(1) 清国ト関係ナキニシモアラス・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・62
____________(2) 明治十八年と二十八年との違い・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・69
W 日本政府の領有権主張・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・75
X 中国の領有権主張・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・94
Y 南方同胞援護会の見解と問題点・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・101
____________(1) 「尖閣列島と日本の領有権」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・101
____________(2) いくつかの問題点・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・109
Z 尖閣列島のあれこれ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・130
____________(1) 藤田元春氏の削除・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・130
____________(2) ??と尖閣列島と沖縄・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・132
____________(3) 清国領になろうとした宮古・八重山群島・・・・・・・・・・・・・・・・・・136
____________(4) 尖閣列島とサバニ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・141
____________(5) 尖閣列島の発見者は誰か・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・146
____________(6) 日清戦争とバカ鳥の島・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・148
____________(7) 尖閣列島の開発・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・161
____________(8) 閣議決定と勅令第十三号と十四号_
その政治的、経済的、社会的背景・・・・173
____________(9) 『ひるぎの一葉』より・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・182
____________(10) 下関条約と台湾の受渡し・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・184
[ 井上清教授と奥原敏雄教授の古文書をめぐる論争・・・・191
____________(1) 尖閣列島は台湾の付属島?か無主地か・・・・・・・・・・・・・・・・・191
____________(2) 『三国通観覧図説』をめぐる論争・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・194
____________(3) 赤尾嶼と久米島のあいだ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・200
\ 井上清教授と筆者の見解の相違・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・208
____________(1) 軍事基地か石油か・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・208
____________(2) 窃取か割譲か・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・209
T 尖閣列島はどうして問題になったのか
(1)新野論文によって始まった尖閣列島問題
一九六一年、東海大学の新野弘教授(地質学)の「東中国海および南中国海浅海部の沈積層」という論文が発表さ
れたことに、この問題は始まる。
アメリカの地質学誌に発表された新野教授とウッズホール海洋研究所のエメリー氏のこの論文は世界の地質学者
と国際石油資本(International Majors)の注目するところとなった。というのは、この論文が、その海底に豊富な石油 と天然ガス埋蔵の可能性を指摘するものであったからである。
ところが、わが国では、新野教授が「石油があるぞ!」と大声で叫んではいたが、だれも相手にしなかった。外資の
のりこみで、はじめた足元の海に注目を寄せるスタートの遅れ。あわてた通産省は「まとめて民族資本で開発した い」意欲を尖閣に向けてきた。別名「尖閣公団」といわれる石油開発公団が動きだした(「いんさいど・れぽーと」『週 刊東洋経済』一九七一年七月二十六日号参照)。
(1)Niino,H.,Emery,K.O.”Sendiment of Shallow Portions of East China Sea and South China Sea”Geol.Soc.of Am.
Bull.V72,1961
(2)動きだしたエカフェ
一九六六年、エカフェ(ECAFE、国連アジア・極東経済委員会)はCCOP(アジア沿海鉱物資源共同探査調整委員会)
を設け、アジア東海岸の海底鉱物探査を援助することにした。このCCOPのメンバーは日、韓、「台」、フィリッピンで、 そのご米、英、仏、西独が顧問として参加した。そして、それからのちにタイ、南ベトナム(一九六七年)、カンボジア (一九六九年)、マレーシア、インドネシアが参加した。
(3)こっそり調査を始めたアメリカ
一九六七年六月に、エメリー氏と新野教授は、さらに「東中国海と朝鮮海峡の海底地質層および石油展望(1)」とい
う論文を発表した。
するとアメリカは、この論文にもとづいて、一九六七年から六八年にかけて、こっそり調査にのりだした。この調査
は、アメリカ第七艦隊所属の調査船によっておこなわれた。
(1) Emery,K.O.,Niino,H.”Stratigraphy and Petroleum PXX Prospects of Korrea Strait and the East China Sea”,
Geol,Survey of Korea,Report of Geophysical Exploration,V.1,No.1,1967
(4)ようやくのりだした日本
一九六八年六月に、アメリカはエカフェからの依頼というかたちをとって航空磁気探査をおこなった。その結果、中国
の黄海、南中国海の大陸棚に豊富な石油埋蔵の可能性を確認した。
七月には、日本政府総理府もまた、こっそりと調査団を尖閣列島に派遣した。団長は高岡大輔氏(沖縄問題等懇
談会専門委員)で、使用した船は琉球政府水産研究所所属の図南丸(一五九トン)であった。
九月には、エカフェの斡旋というかたちで米、日、韓、「台」の共同調査をおこなった。この調査には水産大学の海
鷹丸が使用されたが、調査の主役になったのは、アメリカのウッズホール海洋研究所で日本からは石油開発公団の 技術者が参加した。
十月十二日から十一月二十九日のあいだ、アメリカはCCOPの名を使って海軍の海洋調査船ハント号(F.V.Ifunt’
八五○トン)で調査をした。この調査には、日、韓、「台」およびアメリカの科学者が参加した。
(5)大見謝恒寿氏の出願
一九六九年二月二日、三日、沖縄県の大見謝恒寿氏は、尖閣列島周辺海域の石油に対する鉱業権五、二一九件
の出願をした。大見謝氏が琉球政府にだした採掘許可願のコピー一枚をみると、試掘箇所は石垣市魚釣り島北東 方水域六二四万三、七五○平方メートルとなぅっている。海は広くて大きいから法定鉱区面積は、一区画一○○万 坪(三三○万平方メートル)となっている。大見謝氏の申請鉱区は約二倍の広さであった。
大見謝恒寿氏は那覇市牧志町の人で、宝石や貴金属の店を経営している。同氏のいうところによると、一九六一
年ごろから沖縄、宮古、八重山等周辺海域の石油天然ガスについての調査に着手し、一九六六年三月に「八重山 竹富島を中心とする石油、天然ガス鉱床調査報告書」をまとめて、沖縄の三カイリ内の領海に四三○件の石油掘権 出願を、琉球政府に提出している。六九年三月には「先島(尖閣列島を含む)石油調査報告書」をだしたが、これに は尖閣列島周辺海底地質については、ほんの少ししか触れておらず、一九六九年三月にアメリカの『ニューズ・ウィ ーク』誌が、東中国海に一兆ドル以上の油田が眠っていると報じたのと符合していた。さらに、大見謝氏は一九六九 年一二月に「尖閣列島周辺海域大陸棚に於ける石油鉱床説明書」をだしたが、これにはエカフェ調査の資料が使わ れている。
二月十一日、石油開発公団は、沖縄県籍の社員古賢総光氏の名義で、七、六一一件の鉱業権を琉球政府に出
願した。つづいて、やはり沖縄の新里景一氏が一万一、七二六件の鉱業権を出願した。新里氏の出願は、大見謝氏 の採掘許可願の不備をついたもので、申請鉱区は大見謝氏のそれと重複していた。
四月には、この海域について、アメリカが、ハント号の調査結果を「慎重に期するように」とのアメリカ海軍当局の注
意書をつけてバンコクで発表した。調査報告書の概要はつぎのとおりである。
(A)調査海域=アメリカならテキサス、オクラホマ、ニューメキシコ州を併せたものが、アジアならばベトナム、ラオス、
カンボジア、タイ国を併せた広さに相当する。
(B)船跡=一万二、○○○キロメートル。
(C)調査結果=この海底には、ほとんど平行して発達した一連の海底隆起地形があって、それぞれが、広大な中国
大陸から長江(揚子江)、黄河等の流れによって運ばれてきた堆積物にとって、堰堤の役割を演じて堆積がおこなわ れたようである。最北の隆起は山東半島に沿っており、黄河によって運ばれたものは、この隆起部で捕捉されて堆 積がおこなわれた。つぎの隆起は黄海を通過する地塊で、この地塊によって二○○万立方キロメートルの堆積が捕 捉された。また台湾と日本を結ぶ大陸棚の縁辺に沿う隆起が、長江の流れによって運ばれてきた堆積物を捕捉して いる。東中国海の大陸棚下底と黄海下にある堆積物には、石油と天然ガスが保留されている可能性が大きい。台 湾省の広さに数倍する広い地域が、台湾省の北方に広がり、そこでの堆積層の厚さは、二、○○○メートル以上に 達している。あるいは九、○○○メートルの厚さに達するかもしれない。黄海海底の堆積層の厚さは二、○○○メート ル以内であるが、東中国海のそれより多くの有機物を含んでいる。台湾と日本とのあいだに横たわる浅海底は、将 来一つの世界的な産油地域になるであろうと期待される。しかし改めて詳細な地震探査が必要である(『朝日アジア レビュー』一九七二年第二号参照)。
一九五五年七月三十日に中国の人民代表大会で採択された「黄河の水害を根絶し、黄河の水利を開発する計画に
ついて」によると、黄河が毎年?県を経て下流と河口に流している土砂の平均は、一三億八、○○○万トン、体積九 億二、○○○万立方メートルとなっている。ホールマン(J.N.Holeman)は、黄河の毎年排出する沈積物は二○億八、 ○○○万トンで世界第一位、長江は五億五、○○○万トンで世界第四位となっている。
『人民中国』誌一九七八年九月号三七頁によれば、?県水文観測所の測定では、そこを通って下流に流される泥砂
は毎年平均一二億八、○○○万トン(現在の即定数では一六億トン)となっているが、一二億八、○○○万トンはお そらく一三億八、○○○万トンの誤りであろう。そして尖閣列島周辺海底の石油埋蔵量については八○○億バーレ ル(一バーレルは約一五九リットル)と推定された。まさに兆ドル級の大油田である。
五月、石垣市は行政区域を明確にする必要があるとして尖閣列島に標準を建てた。
一八九五(明治二十八)年一月十四日の閣議で九場島(中国名、黄尾?)と釣
魚島)に標杭を建ててもよいと決定し、沖縄県知事に通知されたが、これは日本の主権下では実行されず、標杭県
立は、七四年後にアメリカの施政権下で、しかも石垣市長の命令ではじめて実行された。一九六九年五月十五日付 で石垣市長に提出された『尖閣群島標柱建立報告書』によれば、建立責任者の石垣市議会議員新垣仙永氏は、出 発にさいして、(尖閣群島)は交通の便がないため、普通の人びとが行くことのできない、彼方の夢の島であり無人 島であると職員、船員に語っている。
六月から七月にかけて、日本政府総理府は、「尖閣列島周辺海域の海底地質に関する学術調査」をおこなった。
予算九四三万五、○○○円、団長は新野弘当会大学教授。「学術調査」と称したが、これは石油を探るための海底 地質調査であり、八月二十八日に報告書がだされた。
この年の春から一九七○年二月までのあいだに、韓国は三八度線以南の周辺海域を六つの鉱区に分けて、第
一、第五鉱区権をカルテックス、第二、第四鉱区権をガルフ、第三、第六鉱区権はロイヤル・ダッチ・シェルにもあた えた。その海域は黄海、東中国海の大陸棚で、中国と協議せずに区分を決めてはならないところである。しかも朝鮮 からの堆積は発達していない。韓国は日本に対しては、大陸棚は陸地領土の自然延長と主張したが、中国との関 係では中間線をとって自然の大陸棚としている。
(6)日・韓・「台」三つどもえの紛争
一九七○年三月二十九日から四月十日まで、琉球大学尖閣列島学術調査団(池原貞雄団長)が魚釣島(中国名、
釣魚島)、黄尾嶼(沖縄でいう九場島)、南小島、北小島の島自体の地質、植物、鳥類の調査をした(『沖縄タイム ス』一九七二年二月二十九日号)。
六月に総理府は第二次調査「尖閣列島海底地質調査」をおこなった。予算は三、一二七万八、○○○円で、団長
は東海大学教授星野通平氏であった。その報告書は七月十七日に総理府長官に提出された。第一次、第二次調 査とも調査船は東海大学丸二世を使った。沖縄県民は尖閣の海底地質調査に、本土政府の予算がついたと喜ん だ。一方、アメリカのガルフ社も調査をすすめていた。
おなじ六月に、韓国はアメリカのウェルデン・フィリップ氏に開発権をあたえる契約をした。ここに日・韓大陸棚紛争
が起こった。韓国が新たに設定した第七鉱区は、日本石油開発(株)(三菱グループとシェル石油の共同出資会社) が通産省に申請していた鉱区と重複することになったからである。
この日・韓大陸棚紛争は、大陸棚主権をめぐっての自然延長論と等距離中間線論との争いであった。日本政府は
国際的にもごく少数派の一律距離中間線論を主張し、韓国側は済州島からの海底傾斜はゆるやかだが、日本の男 女群島からは急傾斜しており、陸地の自然の延長である大陸棚は、日本側からは発達していないと主張した。日本 側は大陸棚の境界を決めるのに、中間線は慣習国際法だと主張したが、境界線画定の規定は慣習国際法ではな く、関係国が協議して決めなければならないのである。
国連海洋法会議は、一九五八年四月二十六日に「大陸棚に関する条約」を賛成五七、反対三(日本、西独、ベル
ギー)、棄権八で採択した。日本がこの条約に反対したのは、この条約に大陸棚に属する天然資源として8「定着種 族に属する生物」という定義が含まれており、タラバガニの漁獲に影響するからであった。ところが東中国海に石油 があるとなると日本は、大陸棚条約の大陸棚境界線画定は慣習国際法だと主張した。大陸棚条約では、関係国が 協議し合意によって決定する。合意がない場合には、特別の事情により他の境界線が正当と認められない場合に、 中間線といっているのである。日本政府は、タラバガニでは大陸棚条約に反対し、石油では大陸棚条約に賛成する という首尾一貫した態度をとっている。
七月七日から十六日にかけて、米陸軍省琉球列島米国民政府民政官室の勧告で、尖閣列島に警告板を設置し
た。魚釣島に二本、南小島に一本、北小島に一本、黄尾嶼に二本、赤尾嶼に一本。警告板は英語、中国語、日本 語で書かれた。
警告板の中国文と日本文はつぎのとおりである。
警告 除琉球居民及不得己之航行者外、任何人等、未経美国高級行政長官核准、不得進入琉球列島乃本島之領
海乃領土内・如有故違、将受法律審判、特此公告。
美国高級行政長官令
警告 此の島を含む琉球列島のいかなる島またはその領海に琉球列島住民以外の者が無害通行の場合を除き、
入域すると告訴される。但し琉球列島米国高等弁務官により許可された場合はその限りではない。
琉球列島米国高等弁務官の命による
この警告板が建てられたのは、一九六八年六月頃から台湾省のサルベージ会社が南小島で、クレーンを二基ももち
こんで、四五人の作業員に沈没船解体をやらせていたためである。八月十二日に八重山警察と米国民政府渉外局 次長らが現地に調査に行ってこれを確認した。久場島(黄尾?)でも一四人の台湾省の労働者が、沈没船解体をや っているのを琉球政府出入管理庁の係官が確認している。七月七日、「第一五回日華協力委員会総会」の政治部 会は「日・韓・台」の連絡委員会を創立することで合意に達した。七月末、「台」は東中国海の大陸棚の鉱区権を、ガ ルフ石油会社(アメリカ)の日本法人であるパシフィック・ガルフ社にあたえたため日・「台」紛争が始まった。ガルフ社 は十二月から探査開始の予定だった。
八月一日、愛知外相は参議院沖縄及び北方問題に関する特別委員会で、尖閣列島はわが国南西諸島の一部で
あり「台」とガルフ社との契約は無効と言明した。
おなじ八月、石垣市に「尖閣列島の石油を守る会」が発足し、「世界的な沖縄油田を守ろう」と訴えた。この沖縄油
田というのは、いわゆる尖閣油田のことである。会長は桃原用永石垣市長で、この運動はたちまち全県にひろがっ た。
「尖閣列島の石油を守る会」の訴えの要旨はつぎのとおりである。
@米海軍および国連のエカフェの調査で、ペルシャ湾にも匹敵する大油田が沖縄の尖閣列島周辺で発見され、世界
の注目をひいている。
Aこの大油田めがけて、巨大な国際資本が開発にのりだそうとしており、日本の石油開発公団は鉱業権を確保して
開発しようとしている。
B沖縄県民の権利が、世界的巨大な資本に侵犯されようとしていることは由々しい、問題である。経済的価値がなく
自立などの問題にならないとされていた、その沖縄の海底にある資源が、持ち去られようとしている。
C尖閣列島油田開発のため、百万人県民に代わって、その鉱業権を守るために、大見謝?寿氏は、一九年間も苦
闘をつづけてきた。ところが本土の日本石油開発公団は「挙国一致の体制」で、新たな立法措置を講じてでも、地元 沖縄から尖閣油田の鉱業権を奪取するようになった。
D復帰を前提とした本土のこのような不当な圧力に抗して、地元尖閣石油資源の死守と沖縄サイドによる開発のた
めに、県民自身が、今こそ自らの権利を守るために起ちあがらなければならない。尖閣油田とその開発の県民の権 利を守り、自立と自治と繁栄の沖縄の新しい時代をつくる県民運動を起こそう。
八月十七日、日本政府は沖縄に対する潜在主権者として三つの方針を固めた。根拠をあげて領有権の主張をした
わけではない。
@流球の米民政府を通じて、尖閣列島が現在米民政府の統治下にあり、沖縄とともに日本に返還されることを再確
認する。
A琉球政府に対し、尖閣列島の領有権を表明するよう要請する。
B現在、琉球制府に対し、鉱区権を申請している石油開発株式会社に、早急に調査権を認めるよう働きかける。
八月十八日、琉球政府屋良主席は記者会見で、「尖閣列島は石垣市に属する日本領であり、これを内外に明らかに
するため、早急に琉球成否の公式見解をまとめたい」と語った。
八月三十一日琉球政府立法院は「尖閣列島の領土防衛に関する要請決議」(決議第十二号)を可決。また同日「尖
閣列島の領土防衛に関する決議」(決議第十三号)を採択。
九月二日、「台湾」の水産試験所所属の海憲号が、魚釣島に「青天白日旗」を立てた。慌てた琉球政府は、米民政
府の指示をとりつけ、琉球警察がこれを撤去した。
九月十日、衆議院外務委員会での愛知外相の答弁。
「尖閣列島の領有権につきましては、いかなる政府とも交渉とか何かとか持つべき筋合いのものではない、領土権と
しては、これは明確に領土権を日本側が持っている、こういう立場をとっておる次第でございます」
九月十二日、沖縄及び北方問題に関する特別委員会での愛知外相の答弁。
「尖閣列島の主権の存在については、政府としては一点の疑いも入れない問題であり、したがって、またいかなる国
との間にもこの件について折衝をするとか話し合いをするとかいう筋合いの問題ではない」
九月十七日、琉球政府は「尖閣列島の領土問題について」という声明を発表した。それは、尖閣列島は、国際法で
いう「無主地の先占」によって日本領になったという主張にもとづいていた。これは南方同胞後援会がつくった尖閣列 島研究会の「尖閣列島と日本の領有権」および国士舘大学の奥原繁雄教授の主張とおなじものである。
九月十八日、「沖縄県尖閣列島の石油資源等開発促進協議会」の結成大会が、四六団体が中心になり、那覇市の
婦連会館で開かれた。会長は沖縄市長会会長平良良松氏であった。
十月十三日、朝鮮民主主義人民共和国は、朝鮮の大陸棚発見について、朴政権と米日独占資本を非難した。
十一月四日、日韓大陸棚境界線についての交渉がソウルで始まった。
十一月十二日、「日・韓・台三国連絡委員会」がソウルで開かれた。尖閣列島の領有権と大陸棚主権をめぐって日・
「台」間に、大陸棚主権をめぐって日・韓のあいだに紛争があり、それぞれ設定した鉱区が重複しているので、矢次 一夫氏は大陸棚を相互に開放して東中国の石油開発をやろうと呼びかけ、これに応じて「三国委員会」が開かれ た。十四日には原則的に合意に達したと発表された。「三国委員会」の下部機構である海洋開発特別委員会も十二 月下旬に東京で会議を開いて、具体的にそのすすめ方を決めることとした。日本の財界首脳は「三国出資」による 「海洋開発会社」を、年内に設立することで合意に達したことを明らかにした。
十一月二十二に日、琉球政府と石油資源開発株式会社は、尖閣列島周辺の海底石油開発のため、「沖縄石油開
発」(仮称)を設立することでごういしたと発表した。
十二月二日、新聞報道によれば日本石油開発鰍ヘ、男女群島沖の東中国海にひろがる海底石油資源を、アメリカ
のテキサコ、シェブロン両社と共同開発することでこのほど同意し。年内に契約のうえ、ただちに探鉱に着手すること になった。日本石油開発五〇%、シェブロン・オイル・ジャパン二五%、テキサコ・ジャパン二五%の比率で、資金負 担ならびに利益配分をおこなう。探鉱、試堀費三六億円はアメリカの二社が負担し、日本石油開発は鉱区を提供す る。
十二月三日、中国は新華社の報道を通じて、「共同開発は日本の海賊行為であり、また米日は中国の広大な大陸
棚で、船による大規模な海底資源調査や空中からの調査もやり、わが国の上空と海上で長時間調査を繰り返してい る。かれらの調査範囲はわが国の周りの黄海、東海、台湾海峡、南海などの海域にわたっており、今もなお続けら れている。これは中国の海底資源を略奪するものであり、新たな中国侵略行為だ」(要旨)と非難し、台湾省にふぞく する魚釣島、黄尾嶼、赤尾嶼、南小島、北小島は中国の領土だと言明した。十二月四日、外務省は、尖閣列島周辺 の大陸棚の帰属をめぐって「台湾」とのあいだでおこなわれている交渉には、「双方とも問題の海域での開発や探査 は、話し合いがつくまで見合わせる」方針を明らかにした。
十二月四日、『人民日報』は、北京化工第三工場の労働者評論組の書いた「米日反動派は侵略の手を引込めねば
ならない」と題する一文を掲載した。「台湾省とその付属島嶼の周辺の海域およびその近隣の中国の大陸棚の海底 資源は、完全に中国の所有に属するものであり、この石油資源を強奪することは、中国の主権侵犯である」というも のであった。
十二月四日、閣議会後の記者会見で、愛知外相は、尖閣列島は沖縄の一部であり、日本領土の一部であることは
明白であり、どこの国とも話し合う筋のものではないと考える、と語った。また保利官房長官は「沖縄が返還されれ ば、当然日本のもので、疑問の余地はない」と語った。
中国が尖閣列島の領有主張と同時に、わが国などによる東シナ海の大陸棚開発を非難したことは、いまでさえ日・
韓・「台」が三つどもえの紛争を続けているこの海域“油田探し”競争に大きな影を投げかけている。中国をなかば無 視したかたちでの大陸棚開発に「いずれは中国が口を出してくるだろう」と「覚悟していた」せいか、当事者の石油開 発業者は「予想どおりの働きで、開発計画に影響はない」(帝国石油)と表面は落ち着いている。しかし中国が本腰を 入れて東シナ海での「権利」を主張し、具体的な行動にでてくるならば、日・韓・「台」それぞれの開発計画は土台か ら崩れるのは目に見えており、その意味でこの中国の物言いは、ブーム東シナ海石油開発に、心理的ブレーキをか けるのは確実である。
日・「台」共同事業として?湖島を含む台湾海峡一帯を開発する計画は大きなショックを受けた。東シナ海の石油の
「共同開発」に対する中国の反応は明確になったわけで、共同事業を強行すれば、中国が軍事力を行使する事態も 考えられるとあっては、日本側当事者もニの足を踏むことになりそうだ。
「共同開発」は、「中国をなかば無視した」のではなく、公然と全く無視したのである。
国連の大陸棚に関する条約第二条によれば@沿岸国は、大陸棚に対し、およびその天然資源を開発するための主
権的権利を行使する。A前項にいう権利は、沿岸国がその大陸棚を探索していないか、またその天然資源を開発し ていない場合にも、他のいかなる国も、その沿岸国の明示な同意なしにはこれらの活動をおこない、またその大陸棚 に対して権利を主張することができない、という意見で排他的である、としている。
また一九六九年二月二十日の北海大陸棚事件の国際司法裁判所の判決は、あらゆる場合に義務的な境界線策定
の唯一の方法はない(筆者注 境界線画定は習慣国際法ではない)とし、各当事国がその陸地の海底に向かっての 自然の延長をなす大陸棚を、同様に他の国のそれを侵害することなく、できるだけ多く確保しうるよう、すべての関連 ある事情を考慮に入れて、合意によって決定されるべきである、としている。そして、その交渉にあたって考慮に入れ るべき要素としては、@当事国の沿岸の一般的な地形および特別あるいは異常な形態の存在、Aすでに知られて いるかあるいは十分に予測される限りは、当該大陸棚の物理的、地質学的形状および天然資源、B公平の原則にし たがっておこなわれる境界確定が、沿岸国に属する大陸棚地域のひろがりと沿岸線の一般方向ではかられる沿岸 の長さのあいだにもたらすべき合理的なつりあい、この三つをふくむものと裁判所は判示している(小田滋著『海の国 際法』有斐閣、下巻二〇六―一三、一四項)。
国際司法裁判所は、大陸棚が沿岸国に従属する根拠を、大陸棚と陸地の地質学的一体性に求め、大陸棚に対する
沿岸国の権利は、陸地領土に対する主権にもとづいているとした。この判決は中間線原則に対決するものとなった。 これからすれば、中国の存在を無視することはできない。
わが国にはまた、二〇〇カイリ経済水域制度は世界のすう勢であり、中国に対して一方的に宣言すれば、その水域
の魚と海底鉱物資源は、排他的に日本のものになると主張する人たちがいる。そうすれば「日韓大陸棚共同開発」 区域は、日本の経済水域のなかに含まれてしまうから、日韓協定は「国を売るに等しい暴挙だ」というのである。
なるほど、ラテン・アメリカ諸国は大陸の横暴に反対して、二〇〇カイリ領域を宣言してアメリカの漁船を撃退した。と
ころがこんどは、アメリカやソ連のような大国が、二〇〇カイリ経済水域を宣言し、また、いくつかの国も自国の利益を 守るために同様の宣言をした。そして、これまでの世界中の魚を獲りまくってきた日本の漁船は、あちこちで締出され た。
東中国海の分割については、日本が一方的に二〇〇カイリ経済水域宣言をしても、それは決してすんなりと通るも
のではない。むずかいしい問題をひき起こすだけである。まず大陸棚問題については、中国の自然延長論と対決し なでればならないし、日中漁業協定の区域は、ほとんど日本の二〇〇カイリの外にあり魚を獲れなくなる。
第三次国連海洋法会議の大きな問題は、二〇〇カイリ経済水域をめぐって、沿岸国と内陸国および地理的不利益
国との対立、深海海底資源(マンガン団塊=ニッケル、コバルト、銅、鉄などが含まれている)採取をめぐっての対立 があり、また大陸棚問題では大陸棚の外縁をどうするかがまだ決まっていないのである。かつて糸川英夫氏は、太 平洋の真んなかに境界線をひいて、マンガン団塊などの鉱物資源を、日・米で分けあうことをワシントンで提案したこ とがあった。しかし、太平洋の沿岸国は日本とアメリカだけではなく、深海海底開発問題は、第三次海洋法会議の重 要な課題であり、意見が対立しているものである。
パーク(Choon―ho park)は「中・日・韓の海洋資源論争と二〇〇カイリ経済水域の仮説」(一九七五年)のなかで、
「国際司法裁判所の判決(自然延長論)によって中間線原則の土台が侵食された」といい、「ついで、この自然延長論 も、今度は経済水域制度の前に同じ運命にある。そして中間線の原則は、二〇〇カイリ経済水域案に容易に組み入 れられる唯一の選択であるので、この原則が再び採用される可能性がもたらされるであろう」と述べている。経団連 海洋開発懇談会もまた、大陸棚は経済水域制度に包含させ律せられるべきものとの立場をとっている。だが、パーク の仮説は中国が二〇〇カイリ経済水域制度を採用しない限り現実のものとはなりえない。
一二月六日から十五日まで、九州大学と長崎大学の探検隊の合同学術調査が、尖閣列島の地質、生物調査をし
た。隊長は松本長崎大学教授。魚釣島をベースキャンプにして尖閣列島の主な島そのものの調査をした。このような 本格的調査は初めてのことであった。
一二月二十一日、東京で、「日・韓・台三国委員会」の「海洋開発研究連合委員会」は会議を開き、領土の領有問
題、大陸棚主権問題を棚上げにして、共同で東中国海の石油資源を開発することを決めた。
一二月二十二日、新華社は、「二十一に東京で、いわゆる日・蒋・朴『連合委員会』の『海洋開発研究連合委員会』
を開き、米帝国主義とぐるになって、中国と朝鮮の大陸棚の石油資源とその他の鉱物資源を略奪することを公然と決 定した」と非難する報道をした。
十二月二十九日、『人民日報』は「米日反動の中国海底資源略奪は絶対に許さない」という評論員の論説を揚げ
た。要旨はつぎのとりである。
@日・蒋・朴「連合委員会」の「海洋開発研究連合委員会」は、わが国台湾省とその付属島嶼海域およびわが国、朝
鮮に近い浅海海域の海底資源とその他の鉱物資源にたいし、「調査、研究、開発」をおこなうことを公然と決め、わが 国の海底資源を略奪しようといており、これはわが国と朝鮮民主主義人民共和国に対する露骨な侵犯だ。
A釣魚島、黄尾嶼、赤尾嶼、南小島、北小島などの島¥は台湾と同様、大昔から中国の神聖な領土である。
ところが日本は、わが国の海底資源を計画的に略奪しようとしているばかりでなくでなく、魚釣島などの中国に属す
る一部の島¥や海域を、日本の版図に組み入れようとしている。
B日・蒋・朴「連合委員会」の「海洋開発研究連合委員会」は、わが国台湾省とその付属島¥海域およびわが国、朝
鮮に近い浅海海域の海底資源を略奪しようとしており、これはわが国と朝鮮民主主義人民共和国に対する露骨な侵 犯だ。
Cわが国の領土と主権を侵犯し、わが国の海洋資源を略奪する罪悪行為を即時停止し、侵略の手をひっこめなけれ
ばならない。
(1)有名な鉱区ブローカーである。氏は通産省に、日本の石油開発会社との共同開発を申し入れたが拒否された。
(2)一九七〇年八月号『別冊週刊読売』の「特集海洋開発──海底はだれのものか」は、「問題なのは、この大陸棚
資源のうちどこまでが日本ものかということである。東中国海大陸棚は、中国大陸が伸びている大陸棚で、琉球列島 との間には深いミゾがあって(筆者注 沖縄舟状海盆)そこで切れている。尖閣列島や男女群島は、その大陸棚の 先端にある。距離からいえば日本(琉球列島)に近いが、中国大陸から伸びた大陸棚だけに、日本に所有権がある かむずかしい。中国が黙っているのが不気味である」と書いている。
(3)中国の国営通信社新華社の報道は、国際的に権威を認められている。現在日中貿易でもちいられている決済通
貨の中国の交換レートは、新華社報道を公式なものとしており、中国銀行から日本の各銀行に連絡するということは ない。
7 どこへゆく中国ぬきの「共同開発」
一九七一年一月八日付け『日本経済新聞』の報道は、要旨つぎのように述べている。
石油業界が一日明らかにしたところによると、「台」はこのほど米国ガルフ・オイル社の日本法人であるパシッフィッ
ク・ガルフ社に対し、沖縄の尖閣列島周辺海域を含む東シナ海の大陸棚について石油鉱区権をあたえた。石油資源 開発鰍燉ョ球政府に鉱区権申請をしているため、領有権をめぐる争いが避けられない情勢となってきた。ガルフは東 シナ海に地質調査船を派遣してきており、近く石油開発にとりかかるものとみられている。大陸棚の領有権につい て、一九五八年四月二十九日にジュネーブで調印された「大陸棚に関する条約」に二本は加わっていないが、「中間 線」説は、条約に加盟していなくとも有効なのが国際的常識であるというのが日本のいいぶんである。
一月二十五日、日中国交回復促進議員連盟(藤山愛一郎会長)は衆議院第一議員会館で、同年初の常任理事
会を開き、尖閣列島の海底資源を日・韓・「台」で「共同開発」をすることは好ましくないので、議員連盟の名で政府に 申し入れるべきだとの意見が出され、藤山会長は政府に申し入れることにした。
一月二十六日、参議院本会議において佐藤首相は、「尖閣列島がわが国の領土であることは、全く議論の余地の
ない事実で、現在、平和条約第三条に基づき、米国の施政権野本に置かれている地域であります。政府としては、 尖閣列島の帰属問題に関しては、当面いかなる国の政府とも交渉することは考えておりません」と答弁した。
三月一日、日中覚書貿易の会談コミュニケと新貿易取決めが北京で調印された。このコミュニケで、中国側は「日
蒋朴連合委員会」が中国に近い浅海海域の資源を「共同開発」することを決めたが、これは中国の主権に対するあ からさまな侵犯であり、容認できないものであると強調し、日本側は、中国の厳正な態度を理解するとともに、いわゆ る「日・韓・台委員会」は日米共同声明の路線にそって結成した反動的組織であることを認めた。この「連合委員会」 が中国に近い浅海海域の資源の開発を決定したことは、中国の主権に対する侵犯である。日本側はこれらすべての 反動的な活動に対し、断固反対することを表明した。
このコミュニケに調印した岡崎嘉平太氏は、雑誌『世界』一九七一年五月号に「障害と展望と確実――日中覚書交
渉を終えて」という一文を載せているが、そのなかで岡崎氏はこう書いている。「中国に近い浅海海域の資源開発の 問題は、わが国の一部では尖閣諸島海域に関することだと早飲み込みして、われわれのとった態度を非難する向き もあったようだが、われわれも中国側の問題提起が直接尖閣諸島海域に関するものであった場合には、意見対立の ままにする外ないと決めていたのである。ところが中国側の提議には一度も尖閣諸島に触れたことはなく、終始中国 に近い浅海海域という表現であった。換言すれば中国の大陸棚といえる」。
また、このコミュニケに調印した松本俊一氏も「浅海海域の共同開発問題は、中国の主権が侵犯されていることを
非難したもので、会談中もコミュニケの中にも尖閣列島の領土権にふれた個所はない」(『朝日新聞』一九七一年三 月三日号)と語った。
中国は日本の民間人に、領土問題というやっかいな問題をだすことを避けた。
三月二日、日本国際貿易促進協会は、中国側は、尖閣列島など中国近海の大陸棚における「三国共同開発」を中
国の主権に対する新たな侵害として、これに酸化する日本企業に対して、きびしい姿勢で臨む方針をうちだそうとし ていることを明らかにした。
三月五日、佐藤首相は参議院予算委員会で、「沖縄尖閣列島の石油資源を長らしくねむらせておくのはまずい」と述
べ、早期開発を示唆した。
三月六日、参議院予算委員会で、沖縄選出の稲峰一郎議員(自民)が、日中覚書貿易会談コミュケによる「日・韓・
台共同開発」について愛知外相に質問したが、愛知外相は、尖閣列島は日本の領土であり、国際通念からみて、動 列島の開発は一国だけでやるべきでなく、友好国に共同開発の相談をもちかけているとし、中国の批判を「一方的な 権利主義」と非難した。
三月六日、藤山愛一郎氏覚書貿易交渉団とともに中国より帰国し、羽田空港の記者会見で、日中国交回復の基本
方向について、台湾は中国の領土であり、一つの中国を代表するのが中華人民共和国政府であることを、まず理解 ることが根本だと語った 。
三月八日、参議院予算委員会で愛知外相は、中国のいう「三国委員会」に政府は何ら関与していないと答弁。
三月十一日、政府筋は、政府、石油開発業界が、台湾海峡の石油資源開発をすすめてきたが、台湾海峡における
日・「台」共同開発を当分見合わせる方針を固め、事実上開発を断念した。
四月四日、外務省は、尖閣列島は沖縄返還協定のなか「変換区域内」に含めることで、日米間の合意が成立したこ
とを明らかにした。変換区域を線引きして、尖閣列島の名を表面にださない方針を日本側は支持し、アメリカ側も異論 を示していないという。
四月九日、米国務省は「尖閣諸島の施政権は一九七二年に沖縄とともに日本に返還されるだろう」と言明した。また
「領有権をめぐる紛争については、当事者間の話し合いによるか、あるいは当事者間が希望するなら、第三者によっ て解決するのが望ましい、というのが米国の立場である」との見解を表明した。
四月九日、米国務省は中国の正式の申し入れを受けて、中国の黄海、東中国海での海底石油探査活動を中止す
るよう、アメリカ系石油開発会社に要請したことを正式に表明した。尖閣列島付近で調査中のガルフ・オイル社の調 査船ガルフ・レックス号は、佐世保に引き揚げることにした。
四月九日、政府は、尖閣列島周辺の石油開発を、沖縄返還まで凍結することにした。
四月十日、北京放送は、同日の新華社報道として「日本軍国主義者は、米帝国主義の支持のもとに、中国台湾省
付近の島を軍事占領して、中国の領土侵犯をする準備を開始している。日本の新聞が五日伝えることによると、米日 反動派は、沖縄 “反還”のペテンをもてあそぶなかで、釣魚島などを返還区域の中にいれ、このペテンが実現したの ち、日本反動当局は、釣魚島を日本の空軍管区に入れようとしている」と非難した。
四月十日、ワシントンで二、五〇〇人の中国系アメリカ人による、日本の尖閣列島領有権主張に反対するデモが
おこなわれた。彼らは、釣魚島はわれわれのものだ、釣魚島を守れ、日本軍国主義を打倒せよと叫んだ。このデモ 隊は日本大使館などにおしかけた。
また同日、ロス・アンゼルスの日本領事館に二〇〇人の中国系アメリカ人が押しかけた。
四月十九日、『東京新聞』の報道によると、政府は、三、八〇〇万円の予算で魚釣島無人気象観測所を設けて「無
言の領有宣言」をすることを、当分見送ることにした。
四月二十三日、日本石油開発鰍ヘ東中国海の石油開発を、当分見合わせると発表した。これは米国務省がアメリ
カ系企業に対し、「黄海および東中国海における採鉱活動の中止」を申し入れたのに呼応したもので、通産、外務省 もこれを支持した。
5月一日、『人民日報』は「中国の領土主権の侵犯を許さない」と題する評論員の論文を発表し、「わが国の台湾省
の東北海域にある釣魚島、黄尾嶼、赤尾嶼、南小島、北小島などの島じまは、台湾と同様に、昔から中国の神聖な 領土で、その帰属については論争の余地がない」と領有権を主張し、甲午戦争(筆者注 日清戦争)のあと「一国が 他国から一時的に切り取った領土を、勝手に一方的に不法に自分のもとからの版図に組み入れることが許されるだ ろうか」、「日本がどんなへりくつをこねても、また虚偽を弄しても、中国の領土を日本領にかえることはできない」とき びしく抗議した。
五月十六日、新華社報道によれば、日本の共同通信は十一日つぎのように報じた。「沖縄本島西部の尖閣列島
(即ち釣魚島などの島々)に在沖縄米海軍の射爆場が二ヶ所あることが、このほど明らかになった」、「尖閣列島に在 沖縄米海軍の空対地射爆場があることを明記しているのは、米第二九工兵大隊が昨年一月に作成した『琉球諸島 における米国設備および施設』と題する六色彫りの地図である」。佐藤政府はこの「新発見」に有頂天になっている。 「さらに有力な裏付けが出できた」としている。日本政府がアメリカ軍の軍用地図に、その「有力な裏付け」なるものを 求めるにいたったということは、日本政府の領有主権の根拠のなさを証明するだけである。
五月二十七日、総理府は六月一日から「沖縄周辺大陸棚石油・天然ガス資源基礎調査」をおこなうことにした。尖
閣列島周辺という名称は避けて沖縄周辺とした。団長は東海大学星野通平教授で、使用調査船は東海大学丸二世 であった。尖閣列島の領有権をめぐって国際紛争のあるときに、あえて政府が地質調査に踏み切ったのは、公海上 の「学術調査」であれば国際的な習慣から問題ないし、この調査は石油開発会社がおこなうような地質調査ではな く、尖閣列島には上陸させないから問題はないとした。
五月三十一日、政府は六月一日からおこなう予定であった尖閣列島周辺の海底地質調査を、沖縄返還協定調印
まで延期することを決めた。
六月三日、韓国商工部関係者は、先にアメリカ政府の要請で一時中断していた韓国西南部海域大陸棚(東中国
海)の石油資源調査を、アメリカ政府の関係のないオランダ、西独などの探査船をチャーターして、再開することを明 らかにした。
六月九日、『日刊工業新聞』の報道によると、日本石油開発鰍ヘ、六月三日韓国商工部が明らかにした事態に対
処するために、アメリカのマンドレル社(物理炭鉱専門会社)から西独など第三国の炭鉱会社に切り替えることを明ら かにした。
六月十七日、沖縄返還協定(琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定)が、東京と
ワシントンで同時に調印された。
同日、米国務省は、沖縄返還とともに尖閣列島に対する施政権は日本に返還するが、主権と施政権は別で、こん
ど日本に返還するのは施政権だけで、主権をめぐる問題には、アメリカはいっさい関与しないという立場一層明確に した。
六月二十日、『人民日報』は沖縄返還協定は論評したが、協定のなかで「中国の領土釣魚島などの島々」を返還
の範囲に入れていることに抗議し、「中国の主権を侵犯する行為を、中国の政府と人民は決して許さない」と警告し た。
六月二十七日、『人民日報』は、沖縄返還協定によって、日本航空自衛隊の沖縄を中心とする防空範囲の拡大
は、中華人民に対する重大な挑戦であるという新華社電を掲載し、中国領である釣魚島を日本の防衛範囲に入れ、 台湾省と舟山列島上空に接近する防空識別計画をたてていることに警告した。
六月から七月にかけて、政府は東海大学に委託して「沖縄周辺大陸棚石油・天然ガス資源基礎調査」という「第三
次尖閣列島周辺海域地質調査」をおこなった。そしてこの報告は一九七二年二月に政府に提出された。この調査に 当たって外務省は、尖閣列島二〇〇キロメートル以内に立ち入らないよう要望。政府は学術調査と称したが、報告 書は沖縄舟状海盆(通称琉球海盆)北西部には厚い?積があり、石油、天然ガスの有望な鉱床になっていると指摘 しており、これはまぎれもなく東中国海での石油探しであった。
七月十五日、ニクソン大統領は来年五月までのあいだに中国を訪問すると発表した。
七月二十日、米上院外交委員会は、全会一致で「台湾決議」破棄を採択した。この「台湾決議」は一九五五年一
月に米会議が採択したもので、台湾および?湖島地域を防衛するため、必要な軍事力を使う権限を大統領にあたえ たものだった。
十月二十六日、国連総会は「国連における中華人民共和国政府の合法的権利を回復し、蒋介石一派を追放する」
二三カ国決議案を七六対三五で可決した。
十一月二日米上院外交委員会は、沖縄返還協定を全会一致で承認したが、この協定は尖閣列島の帰属問題に
は無関係との立場を明らかにした。
十一月五日、エカフェは、十二日からバンコクで開かれる貿易拡大委員会に出席するよう、中国に招請電を打った
ことを明らかにした。
十一月九日、福田外相、西村防衛庁長官は、九日の参議院予算委員会で、沖縄の復帰後、尖閣列島はわが国
の領土であることははっきりしているので、わが国は防空識別圏に入れると言明した。また佐藤首相は「尖閣列島の 領土がわが国にあることについては、与野党一致で当たることにしたいと」と述べた。
十一月十日、米上院は本会議で沖縄返還協定を承認した。
十一月十一日、中国の主席国連代表一行がケネディ空港に到着した。
十一月十二日、衆議院議員楢崎弥乃助氏が政府に質問していた、日本政府の尖閣列島領有権主張の根拠につ
いて、政府は「答弁書」を提出した。
十一月二十三日、飛鳥田一雄横浜市長を団長とする日中国交回復国民会議の訪中団が帰国。記者会見で飛鳥
田氏は、「日台条約」を破棄し、台湾の帰属未定論や台湾独立運動に反対する具体的行動を起こさなければならな いと、日中国交回復運動のあり方を指摘し、尖閣列島問題は、日中政府間交渉がおこなわれる場合には、この間題 は避けて通れないとの印象を受けたと語った。
十一月二十四日、衆議院本会議で沖縄返還協定の承認確定。
十一月三十日、米、中両国政府は、ニクソン大統領の訪中は、来年二月二十一日から開始されると発表。ホワイ
ト・ハウスはニクソン大統領の訪中日程は、二月二十一日から二十八日までの一週間と発表した。
十二月二日、太平正芳氏は政党政治研究会で、「日中間の戦争状態は、まだ凍結してないという意見が国内にも
国外にもある以上、それを解決するのが政治の責任だ」と公式に発言した。
十二月二十五日、日中覚書貿易共同コミュケが北京で発表された。中国側はこのコミュケのなかで、「台湾はかつ
て五〇年の長きにわたって、日本軍国主義に侵略占領されたが、第二次大戦後、カイロ宣言、ポツダム宣言に基づ いて、既に一九四五年十月二十五日、中国に返還された」と述べている。
十二月二十二日、参議院本会議は沖縄返還協定を承認。
十二月三十日、中華人民共和国外交部は要旨つぎのような声明を発表した。
釣魚島、黄尾嶼、赤尾嶼、南小島、北小島などの島嶼は台湾の付属島嶼である。これらの島は台湾と同様、昔か
ら中国の領土の不可分の一部である。日本政府は甲午戦争を通じて、一八九五年四月「台湾とその付属島嶼」およ び?湖列島の割譲という不平等条約――「馬関条約」(筆者注 下関条約)に調印させた。米日両国政府が沖縄「返 還」協定のなかで、魚釣島などの島嶼を「返還区域」に組み入れることは全く不法なものであり、釣魚島などの島嶼 にたいする中華人民共和国の領土の主権を、いささかも変えるものではない。中国はかならず台湾を開放し、釣魚 島など台湾に付属する島嶼を回復する。
(1)西独、デンマーク、オランダが争った北海大陸棚事件において、大陸棚条約に反対で批准していない西独が、等
距離線(隣接する沿岸をもつ国との)は習慣国際法ではないとして、国際司法裁判所に問題をもちこんで勝訴してい る。
8 中共同声明と尖閣列島問題の棚上げ
一九七二年二月二十一日、ニクソン大統領は、北京に到着した。
二月二七日、上海で米中共同声明が発表された。「平和共存」の項で、ニクソン大統領が提案し覇権反対をうたっ
た。台湾問題では、アメリカ側は台湾海峡をはさむ両方のすべての中国人が、中国はひとつであり、台湾は中国の 一部であると主張していることを確認した。アメリカ政府はその立場に意義をとなえるものではない、と述べている。 ニクソン大統領は上海で「この一週間は世界を変えた一週間であった」と語った。
三月三日、国連の海底平和利用委員会で中国の安致遠代表は「海洋権問題にかんする中国の立場」について演
説し、そのなかで「私は中華人民共和国政府を代表して、つぎのことをかさねて言明する――わが国の台湾省およ び釣魚島、黄尾嶼、赤尾嶼、南小島、北小島などの島嶼をふくむそのすべての付属島嶼は、中国の神聖な領土であ る。これらの島嶼周辺の海域と中国近隣の浅海海域の海底資源は、すべて完全に中国の所有に属し、いかなる外 国侵略者といえども、これに手をつけることは絶対に許さない」(『北京周報』一九七二年一一号)と強調した。安致遠 代表の演説に対して日本の小木曽大使は、尖閣列島に対しては、日本以外のどの国も領有権を主張することはで きない、と反論した。
三月八日、尖閣列島について外務省は基本見解を発表した。その見解は、「無主地の先占」をしたもので、日清戦
争によって中国から奪ったものではない、したがって領有権は日本にあり、カイロ宣言やポツダム宣言にもとづいて 中国に返還すべきものではない、というものではない。
五月五日、アメリカは沖縄を日本に返還した。
六月十七日、佐藤首相は、引退を表明。
七月五日、田中角栄氏が自民党総裁に選出される。
七月七日、田中内閣発足。
九月二十五日、田中角栄首相北京に到着する。
九月二十九日、覇権反対をうたった日中共同声明が調印され、日中国交回復が実現した。日本の「台湾」との外
交関係が九月二十九日をもって終了し、「日台条約」は失効した。尖閣列島問題は棚上げにした。
九月三十日、太平外相は朝日新聞社江崎論説主幹とのインタービューで、江崎氏が尖閣列島についてはどうかと
ただしたのに対して、太平外相は、「こんどの中国との話し合いは、そういう区々たる問題にはふれずに、あくまで日 中国交回復という荒仕事が中心だった」(「太平外相に聞く」『朝日新聞』一九七二年十月一日号)と語った。
十月一日、田中首相はゴルフ場で記者会見し、日中会談で、田中首相が「尖閣列島の領有問題はっきりさせた
い」ともちだしたが、周総理は「ここで論議するのはやめましょう。地図にものっていないし、石油ができるというので 問題になっているというわけですがね」と正面から議論するのを避けた、と語った。十月五日、六日両日、日・韓両国 の実務者会議は、東中国海に両国が、石油、天然ガス開発のために設定した鉱区が重複して紛争となっていたが、 世界に前例のない大陸棚主権棚上げの共同開発方式で、開発に臨むことを決めた。
この共同開発は、自然延長を主張する韓国と一律中間線を主張する日本との妥協の産物である。この東中国海の
大陸棚は、中国大陸の自然の延長であるから、中国と協議せずに日・韓両国で勝手に決められるものではない。十 一月六日、太平外相は衆議院予算委員会で正木良明議員(公明)が、「日中平和友好条約で領土問題に触れるの か」という尖閣列島問題の質問に対し、「後ろ向きの問題処理は終わった。平和友好条約は前向きに両国の友好関 係を規定する指針であるというところから判断してほしい」と述べて、間接的に尖閣列島問題の「凍結」ないし「棚上 げ」をする方針を示唆した(『読売新聞』一九七二年十一月七日号)。
9 「日韓大陸棚共同開発協定」と中国の声明
一九七四年一月三十日、ソウルで、中国を全く無視して「日韓大陸棚共同開発協定」が調印された。これは正式に
は「日本国と大韓民国との間の両国に隣接する大陸棚の南部の共同開発に関する協定」である。この協定で日本 は韓国の主張する自然延長論を認めてしまったことになる。したっがて中国の主張する自然延長論に対抗できない 立場になった。
二月三日、中国外交部スポークマンは権限を授けられてつぎのように声明した。
中国政府は、大陸棚は大陸の自然なひろがりであるという原則に基づき、東中国海における大陸棚をどう区分する
かは、当然中国と関係諸国の間で協議決定されるべきであると考える。現在、日本政府と南朝鮮当局は中国をさし 置いて東中国海の大陸棚に、いわゆる日韓「共同開発区域」を画策したが、これは中国の主権を侵犯する行為であ る。中国政府は決してこれに同意することはできない。もし日本政府と南朝鮮当局が、この区域に勝手に開発を進め るならば、これによってひき起こされるすべての結果にたいして全責任をおわなければならない。
一九七七年四月七日、「日韓大陸棚共同開発協定」は、民社党を除く野党の反対を押切って衆議院で可決され
た。この協定は衆議院段階で二度も廃案となり七度も継続審議扱いにされてきたものである。
六月九日午前零時、延長国会の参議院外務委員会の審議途中のまま「日韓大陸棚共同開発協定」が自然承認
された。福田内閣は、この協定批准を第八〇通常国会の最優先課題としていた。
六月十三日、中国外交部は、日本政府が「日韓大陸棚共同開発協定」を国会で強引に「自然承認」させたことにつ
いて声明を発表した。声明要旨はつぎのとおりである。
東中国海の大陸棚は中国大陸の領土の自然延長であって、中華人民共和国は東中国海の大陸棚に対して、侵
すべからざる主権をもっている。東中国海の大陸棚のうち、ほかの国にかかわりのある部分をどう区別するかについ ては、中国と関係国とが話し合いを通じて画定するべきである。日本政府が南朝鮮当局と、中国をさし置いて一方的 に調印したいわゆる「日韓大陸棚共同開発協定」は完全に不法なものであり、無効である。いかなる国、いかなる個 人といえども、中国政府の同意なしに東中国海の大陸棚で勝手に開発行動を進めてはならない。さもなければ、こ れにより引き起こされるすべての結果にたいして全責任を負わなければならない。
一九七八年六月三日、日本と韓国は「日韓大陸棚共同開発協定」の批准書を交換した。
六月二十六日、中国外交部は日・韓批准書交換に対して、日本政府が中国を全く無視して批准書を交換したこと
は中国の主権を侵犯する行為だと抗議し、「日韓大陸棚共同開発協定」は不法であり、無効であると重ねて声明し た。
九月二十日、河本通産相は「日韓大陸棚共同開発協定」にもとづいて、日本側の開発権者として、日本石油開発
鰍ニ帝国石油鰍フ両社に探査権を認可した。
以上の経緯のなかで、沖縄県民の切実な願望と中国の主張について、比較的詳しく述べたのは、これといった産
業をもたない沖縄県民の本土復帰後の生活に対する不安と尖閣油田について知っておく必要があるし、また、わが 国では与野党とマスコミが一致して尖閣列島の領有権を主張しており、新聞報道だけでは十分な理解ができないと 考えたからである。国士舘大学の奥原敏雄教授は、一九七〇年九月二日から『沖縄タイムス』に連載した「尖閣列 島」の冒頭に、「尖閣列島は沖縄本島を離れること二三〇マイル(筆者注 三七〇キロメートル、約二〇〇海里)に所 在する無人島なので、一般にはほとんど知られなかった。ところが一昨年(筆者注 一九六八年)エカフェの沿岸鉱物 資源共同調査が、同列島周辺の大陸棚に、豊富な天然ガスおよび石油資源の埋蔵されている可能性があるとの報 告を発表して以来、同列島に対する関心が急速にたかまってきた」と書いているが、まさにそのとおりである。
米、日、韓が東中国海の石油という宝を手に入れようとして、中国の前庭で、なりふり構わず勝手に縄張りを競い
あって、宝探しのテンヤワンヤの大騒動を演じたわけである。わが国には、そこに石油があるから中国は尖閣列島の 領有権を主張したと考えている人たちがいる。たとえば一九七二年三月五日付『日本経済新聞』は社説でこう述べ ている。
「問題なのは、この尖閣列島諸島につらなる大陸棚の地下資源、石油をめぐる鉱業権である。大陸棚の問題は本
来領土主権とは別個のものであるが、中国が最近になって尖閣諸島の領有権を急に主張し始めるようになった背景 には、大陸地下資源の開発に密接な関係を持つため推測される」
しかし、問題は全く逆である。
わが国は、尖閣列島を起点として、広大な東中国海の大陸棚に食いこもうとしたのである。通産省海洋開発室長
花岡宗助氏は、「われわれは無人島であっても当然、大陸棚の中間線をひく場合の起点となしうるとの立場をとって います」(座談会「大陸棚問題はなぜ重要か――海底資源と主張をめぐって」『週刊エコノミスト』一九七〇年十月二 七日号)と明言している。わが国政府マスコミも尖閣列島の領有権問題と大陸棚問題は別だといっているが、わが国 政府は、実際には尖閣列島の領有権問題を主張することによって、東中国海の大陸棚の半分を、しかも兆ドル級の 石油のありそうなところを、手に入れようと企図したことは明白な事実である。「日韓大陸棚共同開発区域」について も太平外相は中国の抗議に対して、中国との中間線以内にあるから問題はないとした。
U 尖閣列島とは何か
(1) 尖閣列島はどこにあるのか
一九〇〇(明治三十三)年九月十一日に閣議に提出された「無人島所属にかんする件」は、北緯二四度三二分三
〇秒、東緯三一度一九分、南大東島の南約八七海里の無人島を起き大東島島名を確定し、沖縄県島尻郡大東島 の区域に編入することに決定された。
ところが、尖閣列島については、わが国政府はいまだに経度、緯度でその位置を公式に確定していない。もちろん
わかっていないわけではない。魚釣島は北緯二五度四六分三〇秒、東緯一二三度二九分の位置にあり、久場島 (黄尾嶼)は北緯二五度五五分、東緯一二三度四〇分にある。わかってはいるが、わが国政府はそれを公式にいわ ないのである。
一九七一年四月二十二日付『日本経済新聞』は、政府は尖閣列島の島名、経緯度は沖縄返還協定に明記しない
ことにしたと報道した。同誌によると、その理由は「沖縄施政権返還に際し、どの地域が返ってくるのかは返還協定 の主要な柱であり、外務省には協定文中返還される区域はもとより、具体的島嶼まで盛り込むべきだとの意見もあ った。そうなれば尖閣諸島の返還についても明記しなければならいわけで、同諸島の領有主張する中国が改めて強 く反発してくることが予想される。さらに具体的な島嶼を明記し、かりに地図の上の書き違いなどが発見されたときは 国際紛争のタネになりかねない。このため協定には返還地域だけを明らかにするにとどめることになったのである」と いう。
尖閣列島が、わが国のものであることは、一点の疑いも疑いも入れない問題と主張する政府の態度としては頼りな
い限りである。領有主張の根拠が確かであれば、中国の反発を懸念する必要は全くない。ところがわが国政府は、 沖縄返還協定で尖閣列島を隠してしまった。
第7図は海上保安庁水路部の海図にもとづいて描いた尖閣列島の位置である。この海図には黄尾嶼、赤尾嶼とい
う中国の島名をそのまま使っている。この二島だけは沖縄返還協定の了解覚書のなかに、米軍施設としてあげられ ている。
(2)尖閣列島名の由来
著者は、『朝日アジアレビュー』一九七二年第二号に、「いわゆる尖閣列島は日本のものか」という小論を発表した
が、わが国では尖閣列島、尖閣群島、尖閣諸島、尖閣諸嶼などとその呼称は、地図、海図によってまちまちであり、 人によってまちまちである。陸軍陸地測量部では尖閣列島と呼び、海軍水路部の海図では尖閣諸嶼と読んだ。そし ていま,わが国政府は列島なのか、群島なのか公式呼称を確定してない。だから、「いわゆる尖閣列島」といわざる をえない実情なのである。
尖閣列島なる呼称は、一九〇〇(明治三十三)年五月に沖縄師範学校教諭黒岩恒氏が、古賀辰四郎氏に頼まれ
て本土から調査のためやって来た宮島幹之助工学士について、沖縄島と清国福州との中央に位す「渺たる蒼海の 一栗」である無人島に行ったときに、「批列島には未だ一括せる名称なく、地理学上不便少からさるを以って、余は 窃かに尖閣列島なる名称を新設することと」したものである。黒岩氏はおそらく『英国海軍水路誌』にPinnacle group とあるので、尖閣列島としたものであろう。黒岩氏が尖閣列島に入れたのは、@釣魚嶼、A尖頭諸嶼、B黄尾嶼で あり、これは一八九七(明治三十)年帝国海軍省出版の海図のよったものである。そして、尖頭諸嶼に、南小島、北 小島と「数箇の挙石」(沖の北岩、沖の南岩)を入れた。このなかには赤尾嶼ははいっていない。
黒岩氏は、無人島に渡る前に釣魚嶼、黄尾嶼などについて、いくつかの文献と調査報告を読んでいたようであ
る。『英海軍水路誌』、『琉球国略史』、一八八五(明治十八)年九月に沖縄県庁にだした報告にある「魚釣島(ヨコ ン)」。同年十月に西表島に調査のために渡った沖縄県管吏石浜兵吾氏の報告、」また同年十一月に共同運輸会社 汽船出雲丸林鶴松船長が沖縄県庁にいだした「魚釣島は一島六礁」という報告を読んでいた。
K岩氏は、「尖閣列島探検記事」のなかに、おおよそこのように書いている。
魚釣嶼=釣魚嶼一に釣魚台に作る、あるいは和平山の称あり、海図にHoa pin su
と書いてあるものがこれである。しかし沖縄県人が行なった本島探検の歴史を見ると古来ヨコン(1)の名で沖縄人に
知られていたもので、当時にあっては久場島なる名称は、魚釣嶼の北東にある黄尾嶼を指したものであったが、近 年になって、どういうわけかアベコベにしてしまって、黄尾嶼をヨコン、魚釣嶼を久場島というようになったので、今これ をにわかに改めようとは思わない。
黒岩恒氏は、宮島幹之助氏が黄尾嶼にとどまって調査しているあいだに、釣魚嶼の探検をやった。永康丸が迎え
に来までの、まる二日とない短時間の探検なので、黒岩氏は「地質を見んか、動物を採集せんか」と迷い、地質を見 ることにした。一九〇二(明治三十五)年十二月に臨時沖縄県土地整理事務局が、最初の実地測量と地図の作製を した(尖閣列島研究会)というが、もしその地図が『季刊沖縄』第五十六号九六項に掲載されているものであれば、こ れは黒岩氏の探検記と符号するところがある。黒岩氏はこの探検で山や渓流にいろいろと名を付けた。釣魚嶼の最 高峰を奈良原岳(奈良原繁沖縄県知事の姓)、北面の東に道案渓(八重山島司野村道安氏の名)、安藤岬(沖縄師 範学校安藤喜一郎校長の姓)、南小島の西岸を伊沢泊(伊沢弥喜太氏の姓)、南小島の東部にある岩に「新田の立 石」(黒岩氏の同僚新田義尊氏の姓)、北小島と釣魚嶼とのあいだの西よりの水道を佐藤水道(長康丸の佐藤和一 郎船長の姓)などと新しく名を付けたのである。
とにかく、尖閣列島というのは一九〇〇(明治三十三)年に「地理学上不便」だとして、沖縄と福州とのあいだに散
在せる無人島に、黒岩氏が「窃かに」尖閣列島という名をつけたもので、これは日本政府が公式に決めたものでもな く、また正式に追認したものでもない。
(1)ヨコンというのは、首里方言ではユクン、八重山方言ではイーグンではないだろうか。
(2)大城永保氏の報告には、魚釣島には流水があったというし、石浜氏の報告では、魚釣島は周囲おそらくは三里と
いっているから、これは現在の島の周囲一万一、一二八メートルと一致するし、林鶴松氏の報告では、魚釣島は一 島六礁からなっておりその最大の島を魚釣島と書いているから、この三つの報告には誤りはない。 |